アイランドで聞いた犬の声

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実は、ブログをお休みしていた間は、彼のすすめもあって、とあるアイランドに滞在していました。
 
 
場所を変えて美しい景色を観ても、ミズ ビーを失った悲しみが無くなるわけではないし、大体、楽しめる元気が無いから、キャンセルした方が賢明だと主張したのですが、彼は、
 
 
「 何もしないで、寝たいだけ寝て、ただ海を1日中、ボンヤリと見つめていたっていいじゃないか?」
 
 
そう言いました。
 
 
本当に、そうしていていいのかなぁ………。
 
 
と、思いながら、徹夜で必要な物をバッグに詰めて飛行場に向かい、ギリギリセーフで飛行機に乗りました。
 
 
乗っちゃった、
 
アイランド行きに乗っちゃった、
 
 
そんな風に思うと、急に睡魔が押し寄せて来て、物凄く眠くなりました。
 
 
ミズ ビーがいなくなってから、何をするにも、物凄く時間が掛かるのです。
 
 
何かを始めても、気がゆるんだ時に、ミズ ビーのことを想い出したり、急に胸のあたりが変にゾクゾクし出して喉が詰まるような感じになって、目が熱くなって涙が出るので、休みながらでなければ終わらせることができません。
 
 
これは、ペットロスの症状の一つなのかもしれませんし、私だけの症状なのかもしれません。
 
 

ペットロスについて研究している方の記事などを読むと、納得したり、気持ちが楽になるかもですが、そうすると、ミズ ビーのことを想い出すことも、胸で感じて涙することも無くなるのではと思うと、嫌なのです。

 
 
彼は彼なりに、ミズ ビーの死を受け止めているようですが、彼と私が全く同じ気持ちであるわけはありませんから、日毎に、二人で話すミズ ビーの話も少なくなっています。
 
 
しかしながら、私は、ミズ ビーへの気持ちを正直に彼に言うようにしています。
 
 
それが、突然であってもです。
 
 
たとえば、急に、ミズ ビーに会いたくなったら、
 
 
「 ミズ ビーに会いたーーい!」
 
 
綺麗な芝生を見ると、
 
 
「 ミズ ビーと、そこを歩いて、ミズ ビーにオシッコさせたーーい!」
 
 
とかと、子供みたいに叫ぶのです。
 
 
もちろん、他に誰もまわりにいないことを確認してのことです。
 
 
彼は、黙って私を一瞬見るか、悲しげにうつむくかが、ほとんどですが、その後はハグしてくれます。
 
 
何も言えないのでしょうね……、きっと。
 
 
犬が好きでない人にとっては、犬を子供と思うことは可笑しなことでしょうが、私にとっては、15歳のティーンの子供を亡くしたような、そんな感じなのです。
 
 
ところが、今では、私が子供のように泣きたい時に泣き、叫びたい時に叫んでいます。
 
 
声を大きくしても、生きていた時と同じ姿でミズ ビーが戻って来る事は無いのですが、彼の前では、そうしてもいいのだと言う甘えが出ちゃうのです。
 
 
一人だったら、どうなっていただろう?
 
 
ふと、そう思う時があります。
 
 
泣いたり叫ぶことは出来ても、ハグしてくれる人がいない、
 
 
今より辛いかもしれません。
 
 
ミズ  ビーとの15年以上の共同生活の中で、撫ぜたり、ハグしたり、お互いの顔や体をくっつけ合ったりすることは、当たり前のことであり、こんなことを言うと首の後ろあたりが痒くなりそうですが、愛と平和のハーモニーみたいな幸せを与えてくれました。
 
 

目を見つめ合ったり、言ったことに反応してくれたり、犬言葉で要求や感情を一生懸命健気に伝えようとする姿には、微笑まずにはいられませんでした。

 
 
彼とも同じようなことは出来ます。
 
 
そして、彼とは、人間の言葉を通してコミュニケーションが取れます。
 
 
それなのに、ミズ ビーの率直さ、嘘の無い真実のかたまりみたいな存在は私にとっては特別なものでした。
 
 
彼が嘘つきだと言うことではありません。
 
 
彼も私も人間ですから、時には、他人を傷つけないためにとか、欲しい物を手に入れるためにとか、嘘をつくことがあるわけで、ミズ ビーのように思うままに振る舞えないわけです。
 
 
人間社会と犬や猫の社会が違うのに、私達が共存出来るのは、なぜなのだろう?
 
 
そう思う時があります。
 
 
ミズ ビーは貰い手のいない捨て犬でしたけど、初めて出会った時から、
 
 
私がミズ ビーを救ったのだ
 
 
みたいな気持ちはありませんでした。
 
 
よく、結婚したカップルなんかが、
 
 
初めて会った時、この人と結婚するかもと思った………
 
 
とかと言ったりしているのを聞いたことがありますが、
 
 
私は、彼と会った時に、そんな風には全く思いませんでした。
 
 
彼も私と同じだと言っています。
 
 
しかしながら……、
 
 
ミズ ビーと会った時は、全く突然だったにもかかわらず、
 
 
会うべき運命だった、
 
 
そう思ったのです。
 
 
犬を飼う準備など全く出来ていなかったわけですが、幸い、住んでいたアパートの管理人は、
 
 
他の住人達に迷惑をかけなければ、犬が小さい間は一緒に住んでも良い、
 
 
と言いました。
 
 
子犬のミズ ビーを初めて抱いた時から、
 
 
どんな事があっても、この犬を捨てない、
 
もし、どうしても、私が、この国を去らなければならなくなった時には、必ず、この犬を幸せにしてくれる人を見つけて飼ってもらおう、
 
 
そう思いました。
 
 
そして、ミズ ビーにとっては幸か不幸か、ミズ ビーが、私達が今いる世界にいられなくなるまで一緒にいることができました。
 
 
話が、アイランドから、それてしまったので、この辺で戻します。
 
 
アイランドに着くと、眩しい太陽と海風に目が覚めました。
 
 
それからは、海と山に囲まれた自然が作り出した美しさに目を奪われました。
 
 
そして、ふと思うことは、
 
 
ミズ ビーが、ここにいたら、思いっきり喜んでいるだろうな…………
 
 
と言っても、晩年は頭も体も思い通りに動かなくなった期間が数年ありましたから、その時に連れて来ても、そうだったかはわかりませんが、家族の一員として、ミズ ビーを省いて考えることは出来ません。
 
 
美しい景色や自然と遭遇しても、何か、いつも暗いものが胸の奥にあって、心から喜べない日々が続いていましたが、彼には言いませんでした。
 
 
ところが、夜の海を二人で見て、コンビニの駐車場に車を停めた時に、
 
 
「 ここにいても、心から楽しめないの。ペットロスって言うのかなぁ……」
 
 
と彼に話し出しました。
 
 
涙も出かかっていました。
 
 
その時に、後方から、犬の吠える声が聞こえたのです。
 
 
あまりにもタイミングが良すぎたので、私は、自分の錯覚だと思い、何も言いませんでしたが、彼が、
 
 
「 そして、犬の声かよ? 」
 
 
と、言ったのです。
 
 
私は、思わず、後ろを振り向きましたが、誰も犬と歩いている人はいませんでした。
 
 
「 犬の声だったよね? それも、ミズ ビーみたいな声だったよね? 」
 
 
そう言うと、涙が一気に出て来ました。
 
 

とても暗かったのもあってか、近くには人家があるようには見えませんでした。

 
 
コンビニの駐車場は、道路に面していましたから、走り去る車に犬が乗っていて吠えたのかもしれません。
 
 
彼に、すぐに車を動かさないで、また聞こえるかもしれないから待ってみようと提案し、彼も、それに同意して、二人で静かに耳を集中させていましたが、その後は聞こえませんでした。
 
 
不思議な事に、その後のアイランド滞在は、気持ちが暗くなりませんでした。
 
 
誰も信じてくれなくてもいい、
 
私には、今でも、ミズ ビーがいるから!
 
 
そんな風に思えたからだと思います。