今さら、マッサン。

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ミズ ビーが亡くなる1、2ヶ月前だったと思います。
 
 
テレビのチャンネルを間違えて押してしまったら、日本の番組が映っていて観れたのです。
 
 
日本にいる方や他国でも日本の番組が観れる方には、それは当たり前の事でしょうが、私はアメリカに滞在するようになってから、1度も、日本の番組が観れるチャンネルを持つことはありませんでした。
 
 
それゆえ、目を疑い、ミズ ビーの看病と、その他諸々の問題のストレスの為に幻想を観るように成ったのかと、一瞬、パニック状態に成りました。
 
 
目を閉じたり開けたりを数回、繰り返しても映っている、間違い無いと確認したものの、チャンネルを変えて、また、そのチャンネルに戻ったら、もう映っていなくて、日本の番組が観れないと思うと怖くて、それも出来ず、すぐに、仕事中の彼に、メールで、そのことを伝えました。
 
 
ミズ ビーの看病疲れの私を気遣って、もしかしたら、彼が、そのチャンネルをオーダーしたのかもと、ちょっとだけ思ったからです。
 
 
でも、返って来たメールは、彼も全く、そのチャンネルの存在すらも知らないと、予想した通りの応えでした。
 
 
そして、ケーブル会社に、頼んでもいないのに、なぜ、突然、そのチャンネルを観れるようになったのかを訊いてみるからと言う事でした。
 
 
彼は、その後、電話して来て、
 
 

「 いつまで観れるかわからないから、これをチャンスに、シッカリ観ておけよ。それで、君が、これからも観たいと思うかもしれないから、そのチャンネルを今のプランに加えた場合の料金も訊いてみるつもりだから 」

 
 
そう言いました。
 
 
その時に、私が観たのが、朝ドラの『 マッサン 』でした。
 
 
初めから観ていたわけでなく、番組の事も全く知りませんでしたけど、マッサンとエリーがスコットランドで出会い日本に来て一緒に暮らし出し、マッサンはスコットランドで学んだ技術を使って質の良い本物のウイスキーを作ろうと情熱を持って、日々、エリーに励まされながら努力しているのが読み取れました。
 
 
彼らの周りにいる日本人達が、あまりにも良い人達ばかりなのが、時代背景を考えても、現実から、かなり離れているように思ったものの、良い日本人達を観るのは私の心をなぐませ、気が付いたら、私は自然と微笑んでいました。
 

 

そして、
 
 
やっぱり、私は、日本人………。
 
 
そう思って、クスッと笑ってしまいました。
 
 
それにしても、全くの偶然と言え、日本の番組を観れたと言うのは、私にとっては、偶然のようで偶然でない、起こるべきして起こった事のように思えたのです。
 
 
ミズ ビーは、子犬の時はヤンチャでしたが、それでも、本当に親孝行な子でした。
 
 

長時間、1人での留守番でも、室内を荒らす事などは全くありませんでした。

 
 
ただ、ひたすら、
 
 
「 グッド ドッグ !」
 
 
と、私達が帰って来た時に言われるのと、御褒美のハグとスナックを楽しみにしていたようです。
 
 
私が疲れていたり、落ち込んでいたり、怒っていたり、泣いていると、いつも、心配そうに静かに私を見ていました。
 
 
そんなミズ ビーの健気さが、いつも、私の心を癒やし、シッカリしなければ、大丈夫、なんとかなるさと勇気を与えてくれました。
 
 
ミズ ビーも、それを知っていたと思います。
 
 
マッサンを初めて観た時は、ミズ ビーは全く立てず歩けずで寝たきりの状態で、声も出ず、流動食でさえ、上手く飲み込めない状態でした。
 
 
私が疲れていたのを知っていたはずです。
 
 
「 マミーを喜ばせようとして、ミズ ビーが、したんでしょう? 」
 
 
そう言って頭を撫ぜると、嬉しそうに、頭を縦に振りました。
 
 
こんな会話は、ミズ ビーと私の間だけの事ですから、彼も知りません。
 
 
彼から、また、電話が掛かって来て、
 
 
「 どうだ? これからも、そのチャンネル、観たいか? 」
 
 
そう訊いて来ました。
 
 
私は、
 
 
「 観たいけど、高かったら、観なくてもいいよ。」
 
 
そう言うと、
 
 
「 思ったより高くなかったよ。これからも観たいんだろう? 」
 
 
そして、それからは、私は、毎日、マッサンを観るようになったのです。
 
 
リアルタイムでは無いと思うので、私が観るマッサンが、どの位、遅れて観れるのかはわかりませんでしたが、まとめて観る事はせず、毎日、1エピソードと言う風に録画したのを観ていました。
 
 
ところが、ミズ ビーが亡くなった後、1、2ヶ月も経たない内に、電化製品が、次々と壊れて行って、テレビも、その1つでした。
 
 
ペットロスと度重なる彼の出張と、その他諸々の問題が重なって、すぐに、新しいテレビを買わないでいました。
 
 
そんなある日、彼が、
 
 
「 やっとテレビが観れるぞ〜! 」
 
 
と言って、新品の小型のテレビを買って来たのです。
 
 
付けて見ると、真っ暗闇のスクリーンだけが映し出され壊れていて、すぐに返品と成りました。
 
 
彼も私も、その時は、もう、笑うしかなかったです。
 
 
そして、また、テレビを買わないで観ない日が続きました。
 

『 マッサン 』、どうなったかなぁ、
 
もう終わっちゃたと思うけど、、、、
 
 
そう思っていました。
 
 
ところが、最近、彼が、嬉しそうに、違う新しい小型のテレビを持って来ました。
 
 
また、買ったのかと思ったら、
 
 
「 貰ったんだ! 俺のハードワークへの御褒美だそうだ。不思議だよなぁ。」
 
 
彼は、そう言いました。
 
 
それは、彼の会社が、ミズ ビーが亡くなった事に同情してとか、家のテレビが壊れているのを知ったからとかではなく、全くの偶然だったのです。
 
 
ヘア ドライヤーかテレビを選択できたそうですが、ミズ ビーが亡くなって、その両方とも、すぐに壊れました。
 
 
ヘア ドライヤーが無いと困りますが、私のは壊れても彼のは壊れていません。
 
 
ですから、ヘア ドライヤーは彼とシェアすれば、どうにかなりました。
 
 
ミズ ビーはテレビとヘア ドライヤーが嫌いなようでした。
 
 
不思議です。
 
 
早速、録画したものをチェックしてみると、録画していたのは『 マッサン 』だけでは無かったのもあって、録画の容量が大幅に超えてしまっていて、『 マッサン 』はラストの3エピソードだけ観る事が出来ました。
 
 
マッサンもエリーも、私が最後に観た時の若かった時とは違って、急激に歳追っていて、
 
 
犬が年を取るのと似ているなぁ、、、、
 
 
そんな風に思いました。
 
 
元気一杯でハツラツとしたエリーは、歳を重ね、病気で寝ていて、それから間も無く亡くなってしまい、マッサンは哀しみで落胆するけれど、エリーのためにも立ち上がって夢を達成する、
 
 
そこには、マッサンとエリーの強い愛と長年の涙が凝縮されていて、
 
 
良いストーリーだと思いました。
 
 
ラストの3エピソードでも観れて良かったです。
 
 
エリーは死にました。
 
 
ミズ ビーも死にました。
 
 
人が生きるのも、犬が生きるのも、初まりと終わりがあります。
 
 
しかしながら、
 
 

大切なのは、どのように生きるかだと思います。

 
 
汚い事をしないで、一生懸命に生きたエリーとミズ ビーは美しい、
 
 
私は、そう思います。
 
 
2人とも亡くなっていますから、
 
 
「 美しかったと言うべきだ 」
 
 
と、彼なら、言うでしょうが、
 
 
私の心の中に、まだ2人ともいますから、
 
 
「 美しい 」
 
 

なのです。