たかが、犬、そう言われると悲しいです。

 

ミズ ビーを散歩させていた時に使っていた水筒に、水を入れるのを忘れたことに気がついて、ミズ ビーの写真に向かって、

 
 
「 ごめんね〜。遅くなっちゃって。ミズ ビーのこと、忘れたわけじゃないのよ。」
 
 
そう言って、水を水筒に注ぎながら、彼女は、ミズ ビーが亡くなってから、確実に時が経っていることを感じていた。
 
 
ミズ ビーの事を思い出しては、目が熱くなったり、潤んだり、涙が出たりしても、毎日、毎日、泣く日々は過去のこととなった。
 
 
時が解決してくれるとか、
 
 
時が心の痛みを癒してくれるとか、
 
 
多くの人達が、そう言うけれど、
 
 
今迄、長い間、一緒に生きて来た者が、突然、いなくなってしまった時、どうやって、その隙間を埋めることが出来るだろうか?
 
 
答えは簡単、埋める事なんて出来ない。
 
 
たかが、犬、ペットの犬じゃないか、
 
 
そう言う人達もいるけれど、
 
 
ミズ ビーは、たかが、何々とは、絶対に言えない存在だった。
 
 

愛犬を亡くした人が、親を亡くした時よりも、ずっと悲しかったと言っていた。

 
 
親不孝と言われるかもしれないが、もしかしたら、彼女も、そう思うかもしれない。
 
 
ミズ ビーは、彼女に嘘をついたことも、彼女を裏切った事もない。
 
 
だから、たかが犬、そんな風には、絶対に言えない。