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弱者

彼と彼女は久しぶりに早起きしたので、タウンにあるカフェまで歩くことにした。

 
 
ミズ ビーがいた時は、毎朝、早めに起きて、ミズ ビーの最後の1年位前までは外に出て歩いたものだった。
 
 
彼女は眠くてたまらなかったり、寒さにふるえても、ミズ ビーの喜びに満ちた顔の表情から元気を貰って外に出て歩き出し、いつも、ミズ ビーに感謝の気持ちでいっぱいになった。
 
 
『 私がミズ ビーを歩かせているのじゃなくて、ミズ ビーが私を歩かせている。 ミズ ビーも生きている、私も生きている、そして、私達は同じ空気を吸っている。』
 
 
それが永遠に続くことを願っても、いつしか終わりを告げる時が来ることを思うと哀しくなったが、彼女は、
 
 
『 今、この時を楽しむのよ、マミー!』
 
 
彼女を後ろ目に見上げるミズ ビーから、そんなメッセージが伝わって来るように感じたので、
 
 
『  そうだね! 今、一緒にいる凄く楽しいこの時を楽しまなければ、もったいないよね! ごめん、ごめん!』
 
 
そんな風に言うと、ミズ ビーは、また、堂々と胸を張るようにして、前を向いて彼女を引っ張りながら歩くのだった。
 
 

『 そう、そう、引っ張って歩いておくれ! できるだけ長い間、マミーを引っ張って歩いておくれ! 』

 
 
その後、ミズ ビーは、彼と彼女にとっては急激なスピードで、どんどん歩くのが遅くなり、彼らと並んで歩くようになり、多くの人達がそうして犬と歩くのを理想としていて嬉しいはずなのに、彼女には悲しかった。
 
 
そして、ミズ ビーは彼らの後ろをゆっくり歩くようになった。
 
 
立ち止まることが多くなり、彼が、待ち切れなくてリーシュを放り投げて1人で歩き出すと、ミズ ビーは彼の後ろ姿を物凄く真剣な表情で見つめていた。
 
 
目が潤んでいるように見えたので、彼女には、ミズ ビーが彼に捨てられたと思ったのではないかと思い、心配に成り、すぐにミズ ビーに駆け寄ったが、ミズ ビーは、同じ表情で、ただただ去って行く彼の後ろ姿を眺めていた。
 
 
『 待ちなさいよー! どうして、こんなこと、するの? 』
 
 
彼女が彼の後ろ姿に、周りに人がいるのを気にせず、そう叫ぶと、彼は彼女の方に向きを変えて、
 
 
『 甘えているのさ! 歩けるのに、気にしてもらいたくて、そうしているんだ。 大丈夫だよ。遅れても付いて来るから! 』
 
 
そう言った。
 
 
全く動こうとしないで、劇的な面持ちで彼を見つめているミズ ビーが付いて来るとは彼女には思えなかった。
 
 
むしろ、置き去りにされても仕方ない、歩けない自分のせいなのだ、そして、これが自分の運命なのだと、彼に別れを告げているように見えたので、彼の気を引くとか、歩けるのにわざとそうしているとかと、勝手に決め付けている彼に憤慨した。
 
 
彼女がリーシュを取っても歩こうとしなかったが、彼が戻って来ると、やっと歩き出した。
 
 
ミズ ビーは歩きたくても歩けなかったに違いない。
 
 
彼は、彼の知っていたミズ ビーが、そうでないミズ ビーに成るのに苛ついたのだ。
 
 
強かった者が弱い者に成るのを見るのが嫌だと言う彼の男心理だったのもあるだろうけれど、彼女は年老いて弱者に成ったミズ ビーを不憫に思った。
 
 
そして、あのミズ ビーの心が張り裂けそうな辛さと悲しさに満ちた潤んだ目を彼女は忘れることが出来ない。