人生をふと振り返る時

ある程度の年になると、誰にでも、自分の人生をふと振り返る時があるはずだ。

 
 
 
若いと思っている時は、まだまだ先があるのだからと、人生に迷っても、
 
 
 
そのうち、どうにかなるさ!
 
 
 
と、楽天的に考えられる場合が多くある。
 
 
 
そして、人生において、まだまだ経験不足なのだから、仕方が無いと思い自分に対しての未来への希望を持ったりする。
 
 
 
その希望が無いとすれば、ふてくされて、どうにでもなれーっと思って生きて行くか、生きて行くことをあきらめてしまうことになるかもしれない。
 
 
 
彼女がティーンの時は、日本は世界1お金持ちと思えるような時だったから、努力しなくても、どうにかなるだろうと言った冷めた甘えと無気力にドップリと浸かっていた。
 
 
 
周りには、良い人達ばかりで、目が合えば笑顔で返してくれた。
 
 
 
今の日本のティーン達は、国際化も伴って良きにつけ悪しきにつけアメリカのティーン達に似て来ているように思う。
 
 
 
ナイーブさが無くて、良い意味では賢くなっている。
 
 
 
大地震の被害を受けたりして、ヘラヘラ笑っている暇などないわけだから、若くても精神的に大人に成らざるおえないわけで、
 
 
 
辛い思いをしている人達や動物達を見て、助けようとする若者達も多くいるだろう。
 
 
 
彼女の若い時は、親からも自分の心配さえしていればいいのだと言われ続け、自分のために多くの無駄な時間を過ごしたものだった。
 
 
 
その意味では、彼女は、今の若者達が羨ましい。
 
 
 
自分のためだけでは無く、他人や動物と言った他者の幸せを願って行動する、そんな若者達が増えているように思うからだ。
 
 
 
それゆえ、自分達より年上の大人が良心にかけた行動をするのを見てショックを受けたり、悲しくなったり、怒りを持ったりもするだろう。
 
 
 

しかしながら、

 
 
 
その感受性が、世界の人になるのに役立つことは間違い無いように思う。
 
 
 

他者のためになるようなことを積極的にするべきだった、

 
 
 
彼女は、そう思って、恥ずかしくなって、下を向いて、溜め息をついた。
 
 
 
「 そんなことはないよ、マミー。私の面倒を見たじゃない? 」
 
 
 
そう言って、床に座って、彼女を見上げるミズ ビーが見えたような気がした。
 
 
 
 「 ありがとう、ミズ ビー。あなたに出会っていなかったら、私は、とんでもないビッチに成っていたね。」
 
 
 
彼女は、ミズ ビーがいた床を見つめて、心の中で、そう言った。