『今』を生きると言うこと

テレビを観ていたら、犬の訓練士として著名な人が、元飼い主に虐待され、その後遺症のために歩くことが困難になってしまった犬の里親に成った人に、こう言っていた。

 
 
 
 
「 あなたは、犬が他の人間から受けた虐待のために、今でも辛い気持ちでいると思っている。 そして、その為に、あなたは、この犬が可哀想でたまらない。、、、、あなたと犬のためにハッキリ言うけど、犬は、今のハンディキャップに対して、辛いとか、哀しいとか、そんな風には思っていないんだ。犬は、今の、この状態を、こう言うものだと受け止めて、ひたすら生きるものなんだ。だから、あなたが、犬に対して、同情したり、壊れ物に触るようにして扱うと、犬は、理解できなくて、不安になるんだ。」
 
 

 
 
 
彼女は、それを聴いた時、驚きと疑問が交差した後で、目が覚めるような、ちょっとした不思議な気持ちに成って、ミズ ビーを見た。
 
 
 
その時、彼女が思ったのは、
 
 
 
 
『 ミズ ビーの気持ちになって考えようと努力していたつもりだったけれど、、、、もしかしたら、、、、自分がミズ ビーだったらと、ミズ ビーを犬としてでは無く、人として考えていたかも知れない。ミズ ビーは、私を喜ばせようと必死に私に合わせて、私は、それに満足し、ミズ ビーは疲れているかも知れない。そして、ミズ ビーは、“ 私は、あなたの気持ちが良くわかる、だけど、あなたは犬として生まれた私の気持ちをほとんど知らない” そう思っているかも知れない。』
 
 
 
 
その犬にしても、過去は終わったこととして、今を生きているのに、新しい飼い主から可哀想の同情の目で、いつも見られたら、むしろ、自分のことより、飼い主の事が心配に成って不安な気持ちになるのも無理は無い。
 
 
 
 
過去は過去、
 
 
 
今を一生懸命に生きる、
 
 
 
犬生、短いのだから、
 
 
 
過去を振り返っている暇は無い、
 
 
 
ミズ ビーの、その前向きな姿は美しかった。
 
 
 
しかしながら、彼と彼女とのミスコミュニケーションを感じて、
 
 
 
心配やストレスも多かったかも知れない。
 
 
 
『今』を生きる、
 
 
 
楽しい時は、そう、簡単に言えるけれど、
 
 
 
辛い時は、
 
 
 

そうは言うのは難しい。

 
 
 
だからこそ、
 
 
 
彼女は、動物達の、
 
 
 
『 今を生きる 』
 
 
 
そのピュアな姿勢に感動する。
 
 
 
そして、
 
 
 
ミズ ビーを含めた、そんな動物達のことを思い出して、
 
 
 
『 生き抜かなければ!』
 
 
 
そう思う。