無感情と言う感情

ミズ ビーのいない3度目のクリスマスを迎えて、ミズ ビーが亡くなってから、あっという間に信じられないほどの年月が経っていたことに彼女は驚愕した。

 
同じ頃、度々、読ませて頂いているブロガーさんの高齢だったワンちゃんも、とうとう亡くなってしまったことを知った。
 
 
その時に、妙に感情が冷たく凍りつくような、そんな気持ちに彼女は成った。
 
 
お悔やみの言葉や励ます言葉を送るのが礼儀かも知れなかった。
 
 
けれど、彼女は、心から何と言えば良いのか分からなかった。
 
 
その方が、ワンちゃんを愛して止まなかったことは、ブログでも伺える処だったが、かと言って、ミズ ビーを亡くした時の彼女と同じ気持ちだったとは必ずしも言えなかったし、どんな言葉も無意味のようにも思えた。
 
 
そして、
 
 
愛するペットを失なったことに関しては同じであっても、その人なりの思いや受け止め方は違うのではないだろうか?
 
 
そう思った。
 
 

ペットを亡くした人の気持ちが、もっと分かり、自分の気持ちも分かってもらえると期待して始めたブログだったのに、

 
何も言えない、
 
何と言えば良いのか分からない、
 
そんな自分に、
 
彼女は、
 
冷たさと言うより、
 
ミズ ビーの死への哀しみの深さを知ることに成った。
 
 

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「 私、カウンセリングを受けたい。
 
時が経てば元気に成るだろうと思っていたけれど、
 
今もなお、
 
ミズ ビーを喪った哀しみから立ち上がれない自分に気が付いたの。
 
他人が愛するペットを失ったと知って、
 
何も言えない、
 
何の言葉も思い付かない、
 
それは、普通じゃないように思うの。」
 
 
 
彼女が、そう言うと、
 
 
 
「 他人事に思えないからこそ、何も言えないのじゃないか?
 
今は、まだ、そう言うこともあるさ。
 
新しいペットを迎え入れられない状況で、
 
大した変化の無い生活をしているのだから、仕方のないことさ。
 
俺だって、
 
度々、ミズ ビーのことを考える時がある。
 
今も、生きていたら、、、、ってね。」
 
 
 
彼は、生気の無い微笑みを浮かばせながら、そう言った。
 
 
 
(コメントは読ませて頂きますが、返答は、申しわけありませんが、お休みしています。)
 
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